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完成したばかりの新国立競技場にほど近い細い路地の先に、まるでそこだけ取り残されたかのような趣あるマンションがある。まだ肌寒い1月初め、この建物の3階にあるMiho Flowersのアトリエを訪ねた。アトリエには春の花たちが気持ちよさそうにHenry Deanに活けられ、並べられていた。「寒かったでしょ? 今すぐお茶をいれるから、座って待っていてくださいね」と、いつもと変わらない気配りで、私とTISTOUのスタッフを迎え入れてくれたのは、フローリストで長年の友人でもある岡本美穂(以下、美穂)。
彼女には年に3回、TISTOUの新作展示会ごとに発行している「Henry Deanコレクションリスト」の写真撮影のスタイリングを2014年vol.3からお願いしている。今年2月にvol.21を発行したばかりだが、1回に5 〜10カットを撮影しているので、今までに100以上のHenry Dean に花をスタイリングしてもらっていることになる。
そんな美穂だからこそ、今回の企画 #FLOWERVASEIDEAS のトップバッターをお願いしたいと考えたのだ。コレクションリストの撮影では、フラワーベース全体のシルエットが分かるように、少なめの花でのスタイリングを心がけてもらっているが、今回はいつも通り、花を主役に活けてもらえるので、私たちもとても楽しみにしていた。
簡単に花を切らないこと、
心を込めて活けること
まずは普段の仕事やレッスンでもよくHenry Deanを使ってくれている彼女に、Henry Deanの一番の魅力を聞いてみた。「伸びやかに花を活けるために大切なのが、 実はフラワーベースの重さ。 花は想像以上に重いので、 長いまま活けるとフラワーベースが花の重さに耐えられず倒れてしまうことが多いのですが、Henry Deanのフラワーベースはガラスが厚く、重いので、花を寛容に受け入れてくれて、自分のイメージ通りに飾ることができるんです」。
美穂が主催する花のレッスンに立ち会う機会が何度かあったが、レッスンの初めに生徒さんに毎回伝えている言葉が印象的だ。「鋏を花に入れる前に、よく考えてから切ってほしい。切ってしまった茎は2度と元には戻らない、初めて活ける人は比較的茎を短く切ってしまうことが多いけど、その花の個性を活かすことを考えて、 伸びやかに美しく、そして勢いよく、心を込めて」。 素敵なレッスンだな、といつも思う。
Stromboli
Henry Dean ならではの独創的な
色合い、ガラスの美しさを楽しむ
今回の企画では、フローリストの皆さんに私たちが指定した3種のフラワーベースに花を活けてもらうようお願いしているが、色は自由に選んでもらっている。美穂は「Stromboli S」(ストロンボリS)のカラーバリエーションの中でも特に個性的な【フラミンゴ】を選んだ。「発色が強いので、一見すると使いにくいと感じるかもしれませんが、私は断トツで【フラミンゴ】が好きです。 私の花と相性がいいと思うし、世界観が近い気がする。ナチュラルな色より も、おのずとエッジの効いた【フラミンゴ】や【ピーニャ】などの色を選んでしまいます」。ファッション雑誌から抜け出してきたような、彼女の花のスタイルには確かに個性的な色使いのフラワーベースがよく似合う。
Akiko
パリで毎年行われる展示会、メゾン・エ・オブジェでもHenry Deanのブースを何度か訪れ、全てのコレクションを見ている美穂だが、一番のお気に入りは「Akiko」(アキコ)だそう。「「Akiko」の L は初心者でもとっても使いやすいです。私のベーシッククラスのレッスンでは、剣山を使って「Akiko」に花を活けます。Henry Deanのおすすめな点は、ガラスに色がついていて透けづらく、剣山が隠れやすいところ。 生徒さんにも人気で、一度活けるとみんなファンになってしまいます。もちろん剣山を使わなくても茎を絡ませていけば花が留まるし、今の季節ならパンジー一輪だけでもすごく素敵」。 今回の撮影では、あえて剣山を使わずに活けていた美穂。「難しくないですよ」と笑う彼女の手を離れ、花が次々と小気味よくフラワーベースに吸い込まれていく様子を見ているのは心地よかった。(※初心者の皆さんには、剣山を使って活けることをオススメします)
Joe
「「Joe」(ジョー)は器の口が大きく、高さもあるので、少し背の高い花を入れるのに適しています。好んで使っているのは【コニャック】。 Henry Deanはこの【コニャック】のように、透けるタイプのカラーバリエーションもそろっていて、ガラスの質の高さを実感できて、他のブランドのフラワーベースにはない雰囲気が出せる。 無色透明のタイプも実はたくさん持っているんですよ」。 今回活けてくれたアレンジは、ガラスを通してポピーやオンシジュームの繊細な茎が水の中で屈折する様子を楽しめる、軽やかな雰囲気に仕上がっていた。
ここで、撮影に同行したはるかちゃんが「活けたいイメージが何となく頭の中にあっても、実際に花屋に行くと、どんな花を選んだらいいか迷ってしまう」と相談。「まずはいろんな形の花を選んでみると面白いかもね。たとえば、顔となるメインの花、ラインのある花、塊感のある花、茎がしなやかな形をもつ花など。この時、色の組み合わせとかはあまり気にしなくて大丈夫。花自体が美しく完成されたものだし、ダメな組み合わせなんてないんだから、難しく考えないで活けてみて」。美穂は自身のレッスンでも、花を複雑に活けること、高低差をつけた立体的な作品づくりを意識するように伝えているという。 確かに彼女の活けた作品からは、独特の複雑なニュアンスを感じることができる。
私たちが指定した3種のフラワーベースの他に、1 点だけ好きなフラワーベースを選んで活けてもらうことになっているが、美穂はアトリエにある自身のコレクションの中から選んでくれた。「私は今まで、いろんなHenry Deanに活けさせてもらっているので、今回は使ったことのない面白いものを提案したいなと思って」と手にとったのは、シャンパングラスの「Yoshi」(ヨシ)だ。ここに球根を浮かべ、水を吸い上げる根の美しさを観察するという、高さのある「Yoshi」ならではの楽しみ方だ。
アトリエでは花を活ける以外にもHenry Deanが使われていた。「Akiko」はレッスン時に使用するレジ代わりに、筒状のフォルムが特徴的な「Pipe」(パイプ)は、フローリストの仕事で必要不可欠なワイヤー入れになっている。自宅では生活感の出てしまうキッチン洗剤を入れたり、収納としても活躍しているという。必ずしも花を入れなくても、Henry Deanがインテリアの一部として楽しめるのは新しい発見だった。
花と出合ってから 回り道はしたけど今が一番楽しい
美穂が花と出合ったのは、大学時代、買い物の途中にふらりと立ち寄った表参道のフラワースクールのショールーム。そこで花の魅力に取り憑かれ、当時のアルバイト代のすべてをフラワースクールにつぎ込んだという。その後、都内の生花店に勤務したが、長くは続かず、一般企業に就職。暫くの間OL生活を送っていたが、その間も週末になるとブライダルの装花の手伝いに行っていた。「初めに勤めた生花店では、覚えることがたくさんあり、想像以上に体力も必要で......。一度は花の世界から離れてみたものの、ふとした時に “ 私の人生ってこれでいいのかな”と思うようになって。OL時代は毎日5時に仕事が終わって、おじさんにビールと焼き鳥を奢ってもらったりして、最高に楽しかったんですけどね(笑)」。 一度は諦め、離れてしまった花の世界。 再び戻ってきたのは、何よりも花が好きだったからだ。
OLを辞めた後、尊敬する先輩の店の手伝いや、ウエディング装花に携わり、2009年に独立。2012年には渡仏し、世界のトップフローリスト、ジョルジュ・フランソワ氏のもとで学ぶ。 帰国後、 東京での活動を再開した。
フラワースクールに通っていた頃から18年、独立して10年が経つが、花の仕事が楽しいと感じたのはここ1年のことだという。「とにかく自信がなかった。ブーケを作る時も、出来上がった直後は『きれい!』と思っても、すぐに『他の人が作ればもっときれいなんだろうな』と自己嫌悪に陥っていたほど。 仕事量が増え、仕事内容も撮影からレッスンまで広がって、ようやく自信がついてきました。けれど、もっともっとこの花たちを素敵に飾れるようになりたいんです!」。
心配性は花屋にとって大事な資質
花の仕事をしていると、花に振り回されることがよくある。活け込みに持ってきた花の水が現場で下がってしまったり(花がきちんと水分を吸い上げることが出来ず、グッタリしてしまった状態のこと)、予定していたものが市場に入荷しなかったり。 生きているものを扱うことの難しさがそこにはある。
水揚げ(切り花に再び水を吸わせること)の技術をきちんと身につけることは、花を扱うものとしての基本である。
しかし、仕入れの技術は なかなかすぐに身につくものではない。「仕入れは何よりも大切な仕事。 思い通りの花が手に入れば、いい花を活け終わったも同然。 私たちの仕事は花に助けられて成り立っていて、自分たちが出来ることは限られていると思うんです」。 美穂は週に三回、仕入れのため大田市場へ足を運ぶ。その際、できるだけたくさんの選択肢から花を選べるよう、花が入荷し始める4時前には到着するように心がけている。なかには、その日市場に数束しか入荷しない貴重なものも。そんな花に出合うために、2時起きの生活を続けているのだ。
「今まで痛い目に合いすぎてるから(笑)。 今では周囲から心配性と言われるほどに。でも、水揚げでも、仕入れでも、できる限りのことはやっておかないと後悔してしまうので、花を扱う人にとって心配性であることは大事なことだと思っています」。
今からフローリストを
目指すみなさんへ
「私は生花店を早々に辞めてしまったので、今に至るまでの道のりは人より長かった。これからフローリストやフラワーアーティストを目指す方 には、まずはちゃんと花屋で修行して技術を吸収するのがいいのかな、と思います」。
ただ、生花店で修行している時と、独立して自身の名前で仕事を受ける時とでは、責任の感じ方が全く違ったという。 今までどれだけ自分が、修行先のオーナーや先輩に守られている中で仕事をさせてもらっていたのかを痛感したのだった。「今思えば、独立は“はじめの一歩”にすぎなかったんだな、と感じています。一人で試行錯誤をくり返すなかで、ときには失敗もあり、そんな中で、厳しく叱ってくれる先輩や、やりがいのある刺激的な仕事を依頼してくださるクライアントとの出会いに恵まれたことが、今につながっているんだと思います。もちろん、まだまだ成長しなくてはいけないことばかりですけど。花の仕事は大好きですが、今でも9割が大変なことで、楽しいことは1割くらい(笑)」
胃が痛くなるほど制作に悩んだ時期を経たことによって、今の美穂のスタイルが確立されたのだろう。都会的な色合わせと、花を自然の姿のまま伸びやかに活ける彼女のスタイルは、感度の高い人たちを魅了し、最近ではアパレルショップへの活け込みやファッション誌のスタイリングの依頼が増えている。
彼女のアトリエで行うレッスンは、わざわざ新幹線に乗って遠方から足を運ぶ生徒さんも多い。「花が好き」という生徒さんたちの純粋な気持ちに触れられるこの時間は、美穂にとって初心に帰ることができる大切なひとときでもある。
TISTOUでは撮影をはじめ、お祝いの花や普段のショールームの活け込みなどでお世話になり、私自身、プライベートでも親しくさせてもらっているが、美穂の「花人生」を深く知るのは初めてだった。彼女は私たちのオーダーに対し、いつも素敵な花を用意してくれる。それは、花のことを四六時中考えて、悩みに悩んで、念入りな準備があってからこそなんだな、と今回のインタビューで改めて分かった。 朝4時の大田市場で、美穂の手に渡った花は幸せだ。きっとその花は大切に扱われ、そして一番美しい形でその生命を全うすることになるでしょうから。
岡本美穂
Miho Flowers 主宰
長野県出身。 マミフラワーデザインスクール卒
都内の生花店に勤務の後、OL を経て、再び花の世界に戻る。2012 年には渡仏しジョルジュ・フランソワ氏のもとで学ぶ。
帰国後は独立し、東京で活動を再開、2017年に現在のアトリエを構える。現在、初めての作品展へ向け、制作・撮影が進行中。
HP:https://www.mihoflowers.com
Instagram:@mihoflowers
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今回の撮影で使った Henry Dean と使用した花材
1.Akiko L / ピーニャ(D14 H13)¥9,200
シンビジューム / バラ(ジャルダンアラクレム)/ アンスリウム / ポピー / チューリップ(2種)/ スイトピー / フリチラリア / ユーカリ
2.G.Yoshi young champagne/クリア(H21.7) ¥3,200
フリチラリア 球根